White Boy And the Average Rat Band - S/T【新品 LP】

販売価格 5,720円(税込)
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型番:RidingEasy Records - EZRDR-168



White Boy And the Average Rat Bandは、1979年後半、バージニア州リッチランズという、音楽とは縁遠いと思われる小さな山間の町で、ギタリスト兼ソングライターの Michael Matneyによって結成された。1979年、高校を卒業したばかりのMatneyは、音楽のメッカであるナッシュビルで運を試すため、山を越えて隣州のテネシーへと足を踏み入れた。そこで彼は、Kriss Famousが長年率いてきた地元のバンドTabuに加入し、Ron Keelの後任としてリード・ギタリストを務めた。この活動を通じて、 Matneyは"White Boy"という愛称で呼ばれるようになった。

Tabuでの活動やナッシュビルでの生活は短期間に終わり、バージニア州へと戻った。地元に戻ると、Matneyは地元のレコード店兼レコーディングスタジオのオーナーの下で働き始め、雇用と引き換えにレコーディング時間を提供してもらうことになった。そこで彼は、White Boy And the Average Rat Bandと名付けた自身のプロジェクトを率い、同名のデビューアルバムの作詞・作曲・プロデュースを手掛けた。このプロジェクトにおいて、アルバム完成のために起用された2人のドラマーを除き、すべての楽器を自ら演奏した。その後、アルバムやライブパフォーマンスでバンドとしての体裁を整えるため、ミュージシャンたちが集められた。

1980年、『White Boy and the Average Rat Band』の同名デビューアルバムが300枚限定でリリースされたが、そのうち50枚は行方不明となった。流通は極めて限定的であったため、アルバムに対する関心はさらに高まった。その評判はその後数十年にもわたってバンドの存続期間をはるかに凌ぐものとなった。

その後、Matneyは他のプロジェクトへと進み、Dr. Hookのライブ・ギタリストとして参加したり、David Allen Coeのツアー・ギタリストを務めたりした。その間、自主盤やマイナーなバンドを掘るような、世界中のレコードコレクターの間で、White Boy and the Average Rat Bandの名は、ある種のカルトな人気を博し始めていた。レコードがこうしたコレクターたちの間で回るにつれ、このアルバムはますます入手困難になり、数百ドルという高値で取引されるようになった。

2010年には海賊版が流通し始めた。この非公式なリリースは、レコードを求める人々の高い需要に応えるものだった。当時、バンド側には知らされておらず、明らかに無断で行われたものだったが、この海賊版はバンドのカルト的な人気をさらに高める結果となった。

A1. Prelude
A2. Neon Warriors
A3. Sector 387
A4. Maybe I'm A Fool
B1. The Prophet Song
B2. Leaving Tonight On Vacation
B3. Blue Moon
B4. Oriental Doctors

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